20分

20分で書き上げた記事をリライトなしでアップしていくブログです

名画で学ぶファンとスタッフ

昨日、ファンの気持ちが分からない話を書いたのだけど、あとでTwitter

#名画で学ぶ観劇

というハッシュタグがあることを知ってのぞいてみた。
うん。

 

 

 

 

この辺りはよくわかる。
経験したこともあるし。

 

 

 

 
理解はできるが、当事者感はないですね。
しかし他のツイート見ても推しへの愛情と沼感はとてもよく伝わります。

 

 

 これはもう、しょっちゅうこうなってる。
で、それを観察されたりしてるのね。
明らかに他のお客さんと違う動きをしているので目立つんでしょうが……すいません……

 

これもすいません、すいません……

このハッシュタグすごく面白いという声が多いのです。

確かに面白いですが、やはり深く共感できるものが少なくて、改めて自分はそっちの人ではないのだと。

そして電車で見ていて、乗り過ごすくらいハマったのはこっち。

その名も
#名画で学ぶ舞台スタッフ

 

 これとか、舞台人以外は誰も分からないと思うけど。

 

 これもすごい分かるんですが…

 

 

 

あんまりファンのみなさんには見せたくないシーンもありまして…

 撤去作業に向かうときは、ほんとにこんな心象風景。

 そしてさりげなく名画じゃないヤツも混じってた。
リアル。

(20分45秒)

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ファンの気持ちが分からない

「プライベートではどのくらいお芝居を見ますか?ろ
「……年に2,3本くらいですかねえ……」

目の前にいる人は筋金入りのミュージカルファン。
話によると、毎月の少なくとも一本はミュージカルを観劇。
好きが高じて、俳優や作曲家を招いてのイベント企画を始めたりもしている。

いっぽうこちらはプロの舞台スタッフなんですが、仕事抜きで、キチンとお金を払ってお芝居を見ることはほとんどない。
彼女のような人がいるおかげでぼくはギャラをいただいて、舞台の仕事で生活していけるわけで、足を向けて寝られない。

スタッフにもいろいろなタイプがいて。
見ることが好きだから仕事にしたくて、でも舞台に立つ人にはなれないと思い裏に回ったという人は多い。
こういう人はプライベートでもよく舞台を見に行ったりしている。
多分、好きなことの近くで仕事をしていることが楽しくてしょうがない人。

その一方で完全にお仕事として割り切っている感じの人もいる。
スキルはあるし仕事っぷりも堅実。
でも空き時間のスタッフ同士のムダ話の中でもそれほど情熱や愛情を感じない。
関わっている作品や俳優さんへの思いを漏らすこともなく淡々と仕事をこなすタイプ。
そういう人はプライベートも謎なのでもしかすると舞台を見に行ったりしてるのかもしれないけどちょっとよく分からない。

特定の劇団や俳優、アーティストのファンだったタイプの人もいる。
好きな人への興味が舞台を創ることへの興味と広がってスタッフになった。
こういう人は上のふたつのタイプをミックスしたような感じ。
自分が好きなジャンルへの愛は惜しみないけれど、それ以外には職業的な関わりにとどまる。
もちろん、仕事はキチンとやる。
ある意味ではとてもわかりやすいタイプかもしれない。

ではぼくはと言うと、見るよりも創ることが好きなタイプ。
出演者と制作と技術スタッフという様々な人間が寄り集まったひとつの作品を創っていく、その過程が好き。
いまはお芝居をメインでやっているけど他のジャンルでも構わない。
ライブでもイベントでも、舞台の上に何かを創り上げることそのものが楽しくてやっている。

ぼくに限って言うともともとファンだった体験はあまりない。
高校時代から文化祭ではお芝居の演出をやったり、ライブの裏方をやったりしていた。
そういう意味では今とやっていることはあまり変わらない。

大学に入ったときにも、舞台の世界に進む気なんて全くなかったのに、たまたま裏方だけをやるという謎のサークルを見つけたのが運の尽き。
そのまま「創る側」の面白さに目覚めてしまい、いつの間にか裏方を仕事にしてしまい、そしていまに至る……

そう、だから「ファン」の心理が実のところ全く分からない。
そのことにちょっと引け目を感じたりもしていて、だから目の前にいるど真ん中のファンの方がちょっと眩しく見えたりもする。

でもこの仕事をしていてもファンとしての役得ってあんまりない気もするけどね。
別に俳優さんやアーティストさんとプライベートの関係性がもてるわけじゃないし。

打ち上げや本番期間中に役者、スタッフ交えての飲み会が企画されることもありますが、出演者は出演者、スタッフはスタッフと、同じお店にいてもテーブルは別れていることがほとんどだし。
こちらから出演者テーブルに乗り込むのはやはりはばかられるし。
スタッフテーブルに来てくれる出演者さんもほとんどいないし。
そもそも、話題もあまりないのでお互いに気を使うしね。

そして公演期間が終わると全くの没交渉です。
そもそも連絡先も交換しないし。
タレントさんとプライベートな連絡先を交換したことも、食事に行ったりしたこともほとんどないし。

そして自分自身でも有名人と知り合いになることにほとんど魅力を感じないしね。
やはり俳優さんは舞台の上で、アーティストさんはライブで、見ているのが一番ステキだと思うのです。
そしてそんなキラキラした人たちが、どうすればもっとステキに見えるのかを考え続けてる方が、ぼく自身もずっと楽しかったりするのです。

まっ、根っからのスタッフ気質なんでしょうかね。
舞台に立つ人の感覚も少し学ぼうと、おすすめされたテキストも読んでみます。

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(24分05秒 1698字)

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照明デザイナーのお仕事 その3

5月5,6日に本番を向かえるミュージカル、昨日二週間ぶりにリハーサルを見に行きました。
2週間前の稽古後に話したことを踏まえてかなりの修正が入っていました。

ここからは大きな修正はなく、ここまで作ってきたものを基本に、稽古は最後の詰めの段階に入ります。
こちらの作業も本格的にスタート。
前日の4日は劇場での設営とリハーサルになるので、残りの日程は30日〜3日の4日間。
ここから残り作業をどう割り振るかも悩みどころです。

お芝居はまず台本から始まります。
とはいえ、いざ稽古が始まってみるとセリフが変わったり、動きが変わったり、シーンが入れ替わったりとどんどん変更が出てきます。
なので稽古の最初に渡される初稿と実際の上演台本はかなり変わっているのが普通です。
さらに言うと、劇場に入ってからもいろいろと変更が入るので、上演台本と実際に上演される作品も細かい部分ではかなり違っていることがあります。

今回もそこそこの量の差し替えが入っていました。
そのままだと本番をやるのに都合が悪いので、今日はまず台本を作り直す作業から始めます。

 

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細かい部分があいまいだったりするので、昨日の通しリハーサルを撮影したものと見比べながら、差し替えのテキストを台本に切ったり貼ったりして、実際に演じられている流れと合わせていきます。

 

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稽古場でのビデオ撮影は実はなかなか大変です。
稽古をするスタジオは実際の舞台よりも狭いことがほとんどです。
仮に演技面は実寸がとれていても、それを見るスタッフのスペースはあまり広くありません。
なのでカメラを置いても演技している人たち全員を撮り切れないことが多いのです。
なのでワイドで撮れる機種を探したり、ワイドコンバーターをつけたりと、人それぞれでこだわりと工夫があります。

ちなみにぼくはリコーのアクションカムを使っています。
画角が204°とコンバーターとか使わなくても広いこと。
小型で軽量なこと。
3時間程度の撮影ならバッテリーで行けること。
それと、プライベートでアウトドアで使えることとオレンジのカラーが好きだというのもあります。
デメリットは25分で自動的に撮影が止まること。
これは仕様なのでどうしようもできません。多分ファイルサイズの問題。
ただ連続撮影の設定ができるので、ファイルが分割されてウザい以外はそれほど問題ではありません。

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最近ではひとつの作品に関わるスタッフのセンションが増えましたし、個人的に稽古を撮影したい出演者を増えました。
みんながカメラを置くと、狭いスタッフ席周りがカメラだらけになるので、最近では制作が代表して通し稽古を撮影して、YouTubeにあげてみんなで共有するみたいなことも多くなりました。

ということでビデオを見ながら台本の直し。
ついでに照明のキッカケも確認していきます。

 

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前回の稽古で大まかにはキッカケを振りましたが、役者の動きや音のタイミングもビデオで確認して、もう少し細かくどのタイミングでどのくらいのスピードで明かりを変化させるのかを決めていきます。

セリフがキッカケになる場合は台本でセリフの該当箇所に線を引きます。
音楽や動きといった台本にないものがキッカケになるならメモを書き込んでいきます。

今回はミュージカルで音楽に合わせることが多いので、曲のカウントも書き込んでいきます。
このあたりはそれぞれの趣味で、曲のフレーズや時間でキッカケを取る人もいます。
カウントは正確ですが途中で数え間違えたりすることもあるので、当然曲のフレーズも覚えておきます。

ということでビデオを見ながらの台本の直しとキッカケの確認が終わりました。
かかった時間はだいたい2時間半くらいです。

そしてすいません。この記事はリライトはしてませんが時間は計り忘れました…。

ピンクのWink

何気にYouTubeを見ているとピンク・レディーの動画にたどり着いた。

 

www.youtube.com

 

彼女たちの活動期間はぼくの小学生時代とほぼ重なる。
その人気はすごいものだった。
それもどちらかというと女の子に。
もしかすると中高生くらいになると男の子の人気があったのかもしれないけど。
どのくらい人気があったかというと、同級生でちょっとませた感じの女の子たちが、新曲が出ると必ず振り付けの完コピを目指すくらいだった。

30年以上が経って、すっかりいいおっさんになって、改めてピンク・レディーを見てみるとけっこう衝撃的。
振り付けのスピード感が異常。
なんだろう、歌の振り付けというより、体操?
振りそのものはそれほど大きくはないけど、細かい動きをいろいろと休みもなく繰り出してくる。

カッコイイかと言われるとそれほどかっこよくない。
可愛いかと言われるとほとんど可愛くない。
セクシーかと言われると、衣装は露出が多くいけど、踊りそのものからは全くセクシーさを感じない。
あの頃みんなこんなの真似してたのか……うーん。

小さい女の子に人気のあるアイドルグルーブってよくあるし、その振り付けを真似るのもよくあること。
モーニング娘。全盛のころもみんなこぞって踊ってたし。
でもモー娘。はわかる。
ダンスのフリも可愛かったりかっこよかったりするから。

けれどピンク・レディーは違う。
スピード感や勢いが振り付けやダンスのレベルじゃない。
そして勢いそのままで歌っいるときも間奏でも、何と戦っているのか分からないが
ひたすら動き続けている。

ぼくの小学生時代、1970年代後半。
そういう時代だったのかといえばそんな気もするけど分からない。
他の歌手やアイドルには全くそんな香りはなかったから。
ただピンク・レディーだけが時代ともアイドル界の流れとも無関係にひたすら踊り続けていただけなのかもしれない。

YouTubeにはおすすめ動画機能があって、見ている動画と関連のあるものをリコメンドしてくれる。
ピンク・レディーを何本か見ているとおすすめされたのがWinkだった。

 

www.youtube.com

 

こちらの活動期間はぼくの20代後半。
懐かしくなって見てみると、こっちはまたビックリするくらい動かない。

いや振り付けはあるけれどもそれほど動かない。
ピンク・レディーは全身で踊っていたけど、Winkはほぼ上半身しか動かない。
ダンスという言葉が全く当てはまらない。歌の振り付け。

ゼンマイ仕掛けのゴスロリ人形みたいでものすごくカワイイけど、どこか見ていて不安な気持ちにさせる。
まあ、そこが狙いだったんだろうけど。

2つの売れに売れたアイドルグルーブの活動時期はほぼ15年違っている。
15年といえば確かに長いけど、それでもこんなに違ったものが同じくらいに一大ブームを巻き起こすことにちょっとビックリした。
エンタメって面白い。
(22分13秒 1222字)

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釧路はいい街になのにね

gendai.ismedia.jp

という記事を読んだ。

北海道の釧路という人口10万人ほどの街で高校生活を送り、東大に進んだ筆者の地方と都会では教育と文化での格差を感じるという内容だ。
テーマそのものはまあそうだなと思う一方で、筆者の高校時代の具体的なエピソードには?と思うことも多くて、なんとなくモヤモヤした気分をひきずっていた。

と、こんどはこんなツイートのまとめを見つけた。

togetter.com

元記事の筆者と同じ時期に釧路で教師をしていた人のツイート。
また筆者よりも十年ほど前に釧路で高校生活を送っていた人のブログも紹介されていた。

tonishi0610.blogspot.jp

読んでみてモヤモヤした気分が取り払われた。

モヤモヤの原因は元記事で語られている釧路の街がぼくが知っている釧路のイメージと合わなかったからだ。

教育については分からない。
中学や高校の演劇鑑賞授業の作品で全国の学校を回っていたことがあった。
その関係でいろんな先生と話をしたり、先生が生徒にどう接するかをよくみる機会があった。
その頃に思ったのは、学校や地域の教育方針は土地によってかなり違うということ。
転校を繰り返していた人以外は、そんなにいろんな学校の内情を見る機会は少ない。
だから、多くの人は気がついていないかもしれないけど、学校でどこもわりと変わっている。

なので、ブログで語られている地域の教育環境の話とかも、ちょっと眉唾っぽい感じはするものの、まあそんなこともあるのかなと思っていた。
そのあたりのぼくの疑問に、ツイートは答えてくれていた。

まあここで記事内容の真贋を問うつもりはない。
地域で教育格差は実際にあると思うし。

ただ文化については少し思うところがある。
釧路って地方都市の中で文化的にそこまでひどくはない気がするから。

「演劇鑑賞会」という組織がある。
文化に触れる機会が少ない地方の住人たちが、自分たちでプロモーターとして東京とかから劇団を呼んでしまおうというものだ。

かなり昔からあるプロジェクトで、元々は左翼っぽい流れで始まっている。
いまではそういう政治的スタンスを押し出しているところは少ない。

全国の地方都市に「演劇鑑賞会」があるところは多く、釧路にもある。
そしてぼくも演劇鑑賞会に呼ばれた東京の劇団のスタッフとして釧路に訪れたことがある。

ぼくが釧路に行ったのは2005年頃だったと思う。
その頃は演劇鑑賞会は普通に活動していて、年に6本の作品を上演していた。
すべて、東京や大阪から呼んだプロの劇団の作品だ。

ぼくは街歩きが好きなので、空き時間に釧路の街を少し歩いたりもした。
確かに、それほど活気がある街ではなかった。
目抜き通りにもシャッターを降ろした店は多かった。

とはいえ、全くさびれているわけではなかった。
そこそこ大規模な書店もあったような気がする。
古本と雑貨をメインにした小さいけれどとても雰囲気のいいお店があったことはハッキリと覚えている。
気になったのでググってみたが、釧路市内にはライブハウスやライブバーみたいな音楽が聴けるお店も何軒かあるようだ。

ぼく自身の体験からだと、釧路という街はそこまで文化程度の低い街だとは感じていなかった。
なのに元記事を書いた人は釧路では文化に触れる機会はまるでなかったというような書き方をしていた。

かく言うぼくは兵庫県尼崎市から大学に入って東京に出てきた。
仕事を始めてから関西に来る機会はよくあり、そのたびに同行している仕事関係の仲間から
「どこかおいしい店教えて?」と言われたりする。
そんなときには
「王将しか知らないです」と答える。

高校生の頃の溜まり場といえば餃子の王将だった。
うちの近所にはファミレスみたいな大規模な王将があった。
安くて、腹いっぱい食べられて、お酒もゴニョゴニョ……、とまあ高校生にとってはとても使い勝手のよい場所だったのだ。

そんなごく普通の高校生活しか送っていないぼくに、いろんな地方を回って口のおごったおっさんを満足させられる店なんて知っているわけがない。
家族でよく外食する家ならばいくつかは思いつくかもしれないけど、うちはそれほどいい店で食事をするわけでもなかったし。

思ったのは、そもそも高校生ってどのくらい地元のことをしってるんだろうってこと。
いまのぼくが地元の尼崎で暮らしていたら、きっとおいしい店の何件かは即答できると思う。
その頃は全く知らなかったけれど、尼崎には全国に先駆けて公共が面倒をみていたレベルの高い市民劇団も存在していた(もちろんいまも存続している)

地域の格差も確かにあるんだろうけど、少なくとも文化についてはそれぞれの家庭や個人の資質による格差もかなり大きいと思う。

東京で暮らしていても、映画や演劇を見ない人なんていくらでもいるし、音楽ライブに出かけたことのない人もいくらでもいる。
演劇の世界で働いていると、地方出身の人がかなり多い。
演劇なんてものに触れる機会がほとんどない街から来た人が、俳優を目指している。

出身地については詳しいと外の人は思うだろうけど、高校で街を出た人が持っている街の情報なんてごくごく限られているのが当たり前なんじゃないかなあ。
だからその人の語る「地元」がファンタジーにあふれているのも仕方のない話だよね。

(39分47秒 2160字)

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「好き」と「得意」の話

働き方とか考えるのがなんか流行りっぽいですが。

フリーランスの舞台照明家として20年くらい仕事をしています。

 

舞台業界というのはまあ水物な業界です。

俳優さんのなかには事務所に所属していながらもそれだけでは生活できず、アルバイトに励むような人も多いです。

スタッフはまだましでそれだけで生活が成り立つ人が多いですが、忙しい時期とヒマな時期の差がかなりあって、ヒマな時期にバイトしてるみたいな話もよく聞きます。

 

幸いなことに、ぼくはこれまでもお仕事が途切れることはありません。

もちろん仕事は大好きです。

若い頃には大好きすぎて三ヶ月くらい休みをほとんど入れずに働き続けたりもしました。

 

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フリーランスでしごとをしている人はわかるとおもいますが、仕事が入ってくるのはそれだけでうれしいものなのです。

特に独立して間がない頃は本当に嬉しい。

自分が社会から認められているみたいな感覚になれます。

なもんで、オファーがあるとスケジュール的にキツくても受けてしまったりします。

まあ、好きなことなんでいいんですが、さすがに体力や気力の限界というのもあります。

若い頃は勢いで乗り切れたんですが、さすがに最近は歳をとってしまったので昔のようにはいかないのですが……

 

こんな感じで「好き」を仕事にしてきたわけですが、「得意」かと言われると悩むところです。

舞台照明の世界と本格的に関わり始めたのは大学の頃に遡ります。

新歓の時期にたまたま見つけたのが、舞台装置と舞台照明をやるサークル。

ぼくが入った大学は音楽サークルや演劇サークルがたくさんあり、そんなサークル相手にプロに頼むよりも安く裏方仕事を請け負うという謎の活動をするサークルがあったのでした。

 

実のところ、それまで演劇なんてほとんど見たことはありませんでした。

文化祭で演劇の演出をやったりとかはしましたが、まあお遊びのレベルです。

というかそもそも人見知りで不器用で、集団作業やモノづくりには向かないスペックの人間でした。

どちらかと言うと、本を読んだりしてるのが好きでしたし、休みの日にもひとりで行動することがほとんどでした。

なもんで、サークル選びの時にも演劇とかは向かないと思ってました。

実際に一年生の頃は文学系のサークルと掛け持ちしていましたから。

 

その後、劇場でたくさんの時間を過ごすにつれて舞台の仕事が「好き」になっていきました。

瞬間で消えていく打ち上げ花火のような眩しい瞬間を共有することのできる舞台という場にどんどんと惹かれていったのです。

学生でありながら、バイトでプロの現場に参加することも多くなりました。

濃密な時間の流れる小劇場から、武道館、東京ドームでのコンサートまで、様々な場所に行くことができました。

 

「好き」な場で働けるようになりながら、その一方で自分が世界で働くことに向いてないのではという悩みも深くなっていきました。

現場で出会う人達の多くはぼくよりもずっと「好き」だし、それだけでなくぼくの持っていないものをたくさん持っている。

そう感じていたからです。

 

時間のない中で突発的に訪れるトラブルに対応できる臨機応変さ。

ちょっとした作業で見せる器用さ。

チームで動くのに不可欠なコミュニケーション能力。

大胆さや決断力……

舞台の裏方仕事は「好き」だけど「得意」ではない。

いつもそう感じ続けていました。

 

「好き」と「得意」は似ているようでいて違うとしたら。

どちらを一生の仕事にしていくのが正解なのか。

その問いかけに答えなんてないのかもしれません。

ただぼくは「得意」ではないことを続けてきてよかったと思っています。

 

ファシリテーターとして活躍しているある方から

「ぼくはコミュニケーションが苦手だから一生懸命考え続けて、コミュニケーションを仕事にしたんです」という話を聞きいたことがあります。

得意ではないことだから、真剣に学び、考え、たくさんの時間をかけることができる。

そういうこともあるのです。

 

得意な人と同じことができるようになるまで、よりたくさんの時間やエネルギーが必要だったりもします。

でもそれは無駄なんかではなくて、そのおかげでなにか違うことも手に入れられる。

ぼくはそう思います。

 

もしも「得意」を仕事にしていたら。

インパクトドライバーでビスを打つ機会なんてほとんどなかったでしょう。

電動丸ノコなんて一生使わなかったかもしれません。

公演の打ち上げで大騒ぎすることもなかった。

なによりも、舞台の上でキャストがとんでもなく輝く瞬間を舞台袖から眺める、そんなステキな時間を何度もできるなんてことは絶対になかったでしょう。

 

「得意」の先にあるものもきっと素晴らしいものに違いないでしょう。

だけど「好き」を突き詰めると、自分では想像できない場所へたどり着くこともある。

そんなふうに思うのです。

(36分40秒)

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